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烏集院高校には、謎の部活動がある。部活動と言うのもおかしな話なのだが、生徒達に静かに浸透している謎の部活だ。
学校側は一切承認していない。つまり本来は部活動ではない。
スケット部、略してスケ部。初めて聞く人はスケッチブックの略だと思うだろう。漢字に直すと分かる。
「助っ人部」
これが正式名称だ。どういった活動をしているのか、一目瞭然である。
部室棟の二階、階段から一番離れた、以前は物置だった部室。物置の前は合気道部だったらしいが、スケット部が入るまではバスケットボール部の物置と化していた。
その部室。いつの間にかスケット部が入り、バスケ部の道具は一夜の内に、本当に一夜にして本来あるべき場所に戻されていた。そしてボール一つ一つに、
『自分の物は自分で管理』
と張り紙がされていた(というのは校内で有名な噂話だ)。その瞬間バスケ部が悲鳴を上げたのは言うまでもない。
スケット部の部員は一人だ。今のところ確認されているのは、一人だ。部室を我が物のように使う部長である。
長い前髪とビン底のように歪んで見える眼鏡。鼻から下はマスクがデフォルトの少年だ。学年不詳のようなものではなく、全てにおいて不詳の生徒である。
彼の素顔は高校七不思議として語られ、分かっていることは明らかに変装だということ。
スケット部は放課後のみならずいつでも依頼受付中だ。ただ部長の不在中は段ボールポストに手紙を残すことになっている。
「・・・・・・」
一人の男子生徒が扉の前にいた。手書きで書かれた「助っ人部」のプレートを睨んでいる。
「助っ人・・・部・・・」
どうやらかのスケット部にようがあるらしい。傍から見れば不審者だ。しかし誰でも最初はこういうもので、第一歩はなかなか踏み出しにくい。
「・・・やっぱやめよ」
「やめるのか?」
「うぎゃあ!?」
少年は文字通り飛び上がった。振り返ればビン底眼鏡のマスク。スケット部部長だった。
「もう一度言うが、やめるのか?」
「いや、あの、」
「俺は別に構わないが、そこにずっといられても邪魔だ」
部長は眼鏡を押し上げた。目の前でたじろぐ少年よりも背は高く、見下げる形になる。それだけで十分威圧感がある態度だった。
少年は口をパクパクさせて部長を見るばかり。てっきり部室内にいると思っていたし、帰る気持ちでこの場を収めたつもりであった。それが綺麗にへし折られたわけである。
部長は悠然として少年を窺っている。
「えっと・・・」
「何だ」
「じゃあ、あの、やめない、です」
「なるほど」
彼の言葉に頷いた部長は部室のドアを開けた。そして何事もなかったかのように入っていく。てっきり招いてくれると思っていたので少年はまた固まってしまった。
一瞬閉じたドアが再び開かれる。
「入らないのか?」
「あ、えと、」
「改めて言うが、入るか入らないかはあくまでお前の自由だ」
「は、はい」
「だがここはいつでも開いている、お前の自由で決めればいい」
部長は淡々と言う。口調だけ聞けばただそっけないが、内容は優しいものだった。強制はしない、好きな時に来てもらって構わない。そう彼は言っているのだ。少々文学的なのは見た目通り。
「失礼しまーす・・・」
「適当に座ってくれ」
部室内はまるで事務所のようだった。ところどころ汚れた二人掛けのソファ。一体どこから持ってきて、どうやって入れたのだろうか。そこはスケット部のご都合主義。深追いは禁物だ。
部屋の隅には3段ボックスがあり、ノートなどが立てられている。残りは机と3脚のパイプ椅子。
少年は近くの椅子を手繰り寄せた。
「その椅子は時々壊れるから、」
座席が外れる。
「・・・やめておいたほうがいいぞ」
「・・・もうちょっと、早く言ってほしかった」
尻をしたたかに打ち付け、思わず涙目になる。
「すまん、すっかり忘れてた」
部長の声音が申し訳なさそうだった。しかし顔が見えないので何とも言い難い。
壊れたパイプ椅子を端に追いやって、別の椅子に腰かける。部長は机の前のパイプ椅子に座って、優雅(とは名ばかり)に足を組んで頬杖をついた。顔はこっちに向いているので話せということらしい。
「えっと・・・」
「とりあえず依頼内容を簡潔に」
「・・・今度、部活で選手決めがあるんですけど、オレ自信なくて」
「それで?」
「上手くなりたいし、緊張しないようにするにはどうしたらいいかなって」
「なるほど」
「そしたらスケット部っていうのがあるって聞いて、頼んでみようかなって」
少年が言い終わるの待っていた部長は、少し考える振りをして口を開いた。
「つまり、お前は選手になりたいわけか」
「いや、その、」
「今の話を聞いてるとそうなるんだが」
成り行きや前後が抜けているが、聞いたところそういうことである。
「お前は確か、テニス部だったな。2年1組の長島司」
「え?!」
「違ったか?」
「いや、合ってます、けど・・・」
少年、長島司はまだ名乗ってもいないし、どの部活動に所属しているかも話していない。緊張で余裕がなかったために頼みを述べただけだ。それにも関わらず、目の前の少年はピタリと当ててきた。
司の顔で何を思っているのか分かったのか、
「烏集院の生徒の顔と名前、クラス、部活はある程度把握してる。そういう部活だからな」
「は、」
「先公共も含むな、まあ、成人してる皆さんは住所も把握させてもらってるけど」
何それコワい。
世も末かと素直に震えた。この部長得体が知れない。本当に烏集院高校の生徒なのだろうか。
「そんなことは置いといて、お前の話だ」
司としては置いておけない。
「県総体の選手決めか。地区体の成績はよかったんだろう?」
「まあ・・・それなりに」
「じゃあ気にすることはないんじゃないのか?」
部長の疑問はもっともだ。
司はつい先日の地区体で、個人の部で優勝したのだ。チーム戦では3位だったが、それでも十分な成績だろう。わざわざ選手決めをせずとも、彼の出場は決まったようなものである。
「・・・個人で優勝したことが問題か?」
「・・・・・・」
「周りが嫉むのも妬むのもお前が悪いわけじゃない、自分に才能がないことを認めるのが嫌なだけだ」
「・・・そう、ですか」
「それとも何だ、先輩に申し訳ないか?」
「・・・はい」
「それこそおかしい話だろう、チームが勝つことが大事に決まってる」
部長は怒っているわけではなかった。ただ淡々と自分の考えを述べているのだ。しかしそれは司のためにしていることなのである。
司自身も同じことを何度も考えていた。しかし周りにもまれることでその考えは間違っているのではないかと思ってしまった。
「長島、自分に自信がないのはただの言い訳に過ぎない。実力は嘘をつかないからだ」
「・・・・・・」
「その実力を裏切るなら、俺は止めない。だがそれは自分を裏切る行為だということを忘れるなよ」
部長の諭す声は決して優しいものではなかった。
「・・・選手決めはいつだ」
「・・・来週です」
「とりあえず、1週間」
「え?」
「1週間でお前に自信をつけさせてやる」
ビシリと突きつけられる指。てっきり司はこれで終わると思っていた。諭されていつも通りの生活になるだけだと。しかし目の前の少年は依頼通りのことをすると言う。
「今から部活に行け、俺も行く」
「・・・は?」
ただ純粋な疑問詞を、部長は真顔で跳ねのけたのだった。
2に続く