宙に浮く部Ⅱ  クレインガールの思慕

ブックセンターめいわ

2016年06月12日 15:27






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 深谷季子は目の前の扉の否応なき威圧感に押しつぶされそうだった。

ただの鉄ドアではあるのだが、どうもその向こう側が怖い。得体が知れない。

同じクラスの少年は「行けば」と言ったきり、何も話しかけてこなかった。自分が案内でもしてくれたらいいのに、彼は一体何を考えているのだろう。


 不安が少しずつ少年への不信感に変わる。何だか無性にムカついてきた。

やはり鶴は自分でやるべきだ。いつ作り終わるか分からないが、母にあげるものを他人に手伝ってもらうのはおかしい気がする。

確かに手伝ってほしい気持ちもある。しかしこれは季子の問題であって、他人には関係がない。

悶々と思考が渦巻く。人は深く物思いにふけるとなかなか周りの状況に気づかないものだ。特に憂鬱な時は。


 ドアノブが回り勢いよく開け放たれる。

「わあ!?」

「わっ」

季子の驚き声に、ビン底のようなレンズの眼鏡とマスク、長い前髪を垂らした青年も声を上げる。しかし彼の声に抑揚はない。

「え、えっと・・・」

「うちに何か用か?」

「え、」

「ドアの前にずっと立っていただろう」

眼鏡を押し上げながら、スケット部部長は言った。

季子は目を7泳がせつつ頷く。

「そう、ですけど・・・」

「じゃあ入れ」

「いえ、ちょうど帰る、ところだったので・・・」

「そうなのか?」

「は、はい・・・」

「俺の見立てでは、お前はうちに用がありそうだったんだが」

「へ?」

「いや気にしないでくれ、こっちの話だ」

部長は含むような物言いだった。しかし季子は尋ねる気がしなかった。


 季子はこのまま帰るタイミングを逃してしまったと思い、苦い顔をする。部長はそれに気づいているのかいないのか、

「折角だから寄って行ってくれ」

と部室内を手で指した。

断るわけにもいかず、結局お邪魔することになった。


 部室は整理されていて、空気も淀んだ感じはなかった。見れば窓が開いていた。

「部室は埃っぽくて困るな」

スケット部部長はまるで独り言のように言葉を紡ぐ。

「適当に座ってくれ」

「あ、はい」

「ちなみにその椅子は壊れているから触るなよ」

壁に立て掛けられたパイプ椅子を指さしていた。

「座席部分が外れるんだ」

あまりいらない説明をつけて。


 季子がパイプ椅子の一つに腰かけるのを確認し、部長も一つに座った。今まで読んでいたのだろう、厚い文庫を3段ボックスに立てる。

3段ボックスには文学書以外に参考書やよく分からない本が並べられていた。

「それで、」

部長が口を開く。実際はマスクで見えていないのだが。

「用と言うのは、その紙袋のことだと思うんだが」

「え?」

「普通、烏高は紙袋NGだろう? 朝は先公が立ってるんだ、咎められるはずだがお前は許されてる」

スケット部部長は探偵か何かなのだろうか。クラスメートの彼に言われるまで知らなかったが、もしかしたら自分が世間知らずだったのかもしれない。

季子は尋ねてみた。

「あの、スケット部って・・・」

「知らないで来たのか?」

驚いたような声音である。

まずスケット部という名前を聞いて不思議に思うはずだ。そして噂を聞いたとしても近寄る人間はいない。大抵の生徒は存在を知っているだけで、お世話になることもなく無事卒業を迎える。
 
それはそれで平和な高校生活だっただろう。スケット部は頼る人は頼り、中には用がないのにやってくる人物もいる。

総括して言えば、あくまでスケット部はそこにあるだけなのだ。


 部長は数秒考えてから、

「うちのスケット部は、まあ簡単に言えば便利屋だ。頼まれれば何でもやるし、対象は生徒だけじゃなく先公も含む」

「は、はあ」

「仕事上生徒の個人情報も把握している、もちろんお前のもだ」

「・・・・・・」

今のは確信した。目の前の少年は自分の問題を把握している。しかもかなり詳しく。

部長は眼鏡を押し上げる。

「・・・お前の母親がどういう状況か、すまないが把握させてもらってる。知るつもりはなかったんだが」

「・・・いえ、大丈夫です」

「もしや来るかもしれないなとは、どこかで思っていたんだ。案の定というか、その通りになってしまったんだけどな」

急にしんみりとした空気になる。季子は「ああまたか」と思ってしまった。

クラスでその話になった時も、部活の時も一緒だった。しかしスケット部部長は内容を全て知っている分、さらに空気が重かった。


 窓から入ってくる風の音が聞こえるくらい静かな時間が続いた。

「・・・本題に戻ろう」

流石に嫌だったのだろう、部長が話し始める。

「見たところ、それは千羽鶴だな」

「あ、はい」

「大体どのくらい折ればいいんだ?」

「えっと、今ここにこのくらい折り紙があるので・・・」

二人の間に置かれた机に、折り紙の束が乗る。百枚の束が3つ。

「これでも全然足りなくて、これと合わせてあと800羽くらい・・・」

「なるほど」

「なるべく早く作りたいんですけど、私こういうの下手で・・・」

恥ずかしいのかうつむきながら話す。確かに器用なほうが色々と便利かもしれないが、別に隠すことでも恥ずかしいことでもない。

「じゃあ、始めるか。お前は何時までここにいれる?」

「えっと、5時半くらいです」

「分かった、とりあえずその時間、」

部長の言葉は、勢いよく開かれたドアに掻き消される。

「ちゃーす」

現れたのは、制服を乱した、態度は決して良くない男子生徒。部長の眉間にしわが寄る。

どうやら招かれざる客らしい。


 男子生徒はシャツの袖を留めずヒラヒラとさせ、スラックスの裾を何度か折り曲げている。上履きとして履くスリッパには落書きがあった。

「あれ、お取込み中?」

「お取込み中じゃなくても来るな」

「えー」

「こっちは迷惑してるんだ、少しは自重しろ」

「そんなこと言ってんなら部活手伝ってやらねぇぞ」

「今まで手伝ってほしいと言った覚えはない」

「はあ?」

季子がいるにも関わらず、二人はいきなり口論を始めた。彼女は男子生徒のいきなりの登場に未だ順応できていないというのに、放置されて話を進められてはたまったものではない。

「今から仕事だ、さっさと帰れ」

「何で。見たとこ人手要りそうじゃん」

「・・・」

「否定しないのか、まっ、俺暇だし手伝ってやるよ」

「いらん」

「そんなこと言って、融通利かない奴だな」

男子生徒は黙ってしまったスケット部部長の横を通り過ぎて、季子に顔を向けてきた。そしてにっこりと笑う。


 男子生徒は見ない顔だった。同じ学年には確かいなかったはず。それならば上級生だ。

「初めましてだっけ? 俺3年の新垣。新垣ちかご。誓うに悟るで誓悟」

聞かれることが多いのだろう、漢字まで教えてくれた。

「あ、1年の、深谷季子です」

「季子ちゃんか、可愛い名前だねー」

男子生徒もとい新垣誓悟は、今度はニヤリとした。スケット部部長とはまた違った意味で曲者で、何か怖い雰囲気を持っていた。

が、部長はそれを一蹴した。

「何口説いてるんだ、このチャラ男」

「っせぇな、俺は思ったことを言っただけだし」

「そこがチャラいんだ」

またもや火花が散る。

先に目を離したのは誓悟の方で、残っていたパイプ椅子に手を掛けた。それは先ほど部長が壊れていると説明してくれた椅子。

座れば座席部が抜けるはず、だったが、

「あれ?」

「ん?どしたの季子ちゃん」

「あ、いえ・・・」

彼が腰かけると、何ら普通の椅子と変わらず、彼の体重を支えていた。

「その椅子・・・」

「ああ、これ壊れてるんだっけ?」

「そうみたいですけど・・・」

「これちょっとコツいるんだよね。フツーなら落ちるけど」

俺のことが好きなんじゃない、と誓悟は面白そうに言った。その様子にスケット部部長はただ黙っていた。

どうやら部長は誓悟を追い出すことは諦めたらしい。呆れた様子で元のパイプ椅子に座った。

「手伝うなら真面目にやれよ、チカ」

諦めつつも釘を指すのを忘れない。3年である誓悟に対して敬語ではない、ということはスケット部部長も自然と3年生という流れになる。


 誓悟は手元の青い折り紙を取ると、手早く鶴にした。しかも1ミリのずれもない。ゆがみもない。見事に折られた千羽の中の一羽だった。

「折り紙とか何年ぶりかなあ、意外とイケた」

「先輩上手ですね」

「まあ、手先は器用かも」

「私、不器用なので、あんまり綺麗にできなくて・・・」

季子は恥ずかしがるような、悔しいような顔で言った。

誓悟が彼女の作った折り鶴を一つ取り、しげしげと見つめた。そして何かに気づいたようで、

「角とか、そういうとこ気を付けたら、ちょっと良くなる」

そう言いながら、折り紙を折り始める。

「ここのとこは、ちょっと隙間開けて、ぴったり合わせなくていいよ」

時折解説を入れていた。

誓悟の斜め前で、スケット部部長はただ鶴の山を作っている。

「・・・・・・」

誓悟が恨めしそうな、憤り混じりの目を向ける。

「何だ」

「何でそんな淡々と作ってんの? 逆に気になるわ」

「じゃあ気にするな」

「会話のキャッチボールしてー」

「は?」

「・・・」

和んでいた空気が幾度か冷たくなった気がする。季子はいい加減自分の存在を忘れないでほしいと思った。


 突然何かの振動音が響き渡る。烏集院高校はもちろん携帯電話は禁止だ。

通称・烏高は公立高であり、校則はなかなか厳しい。携帯電話など勉学に必要なものは持ち込み禁止、頭髪や制服の着こなしも厳格に決められている。

その為この機械音がするはずはないのだが。

「あ、俺だ」

白昼堂々、スケット部部室内とは言え、なぜスマートフォンを出しているのだ新垣誓悟。

「もしもーし」

そして電話に出る新垣誓悟。

季子が思わず部長を見ると、驚いたことに部長は彼の行為を咎めない。まるで日常の光景であるかのような対応だ。

「あーうん、それで?」

誓悟は相手と会話をしながら、鶴を折り続けていた。片手では上手くいかないのかスマートフォンを持った手の肘も使っている。

正直のところ行儀はよろしくない。

「それはー、あー・・・あ、そっち? ・・・まあいいや、んー」

聞いているのかいないのかという相槌。


季子はふと母のことを考えた。というよりは思い出したと言ったほうが正しいかもしれない。

途端に罪悪感が押し寄せる。

一瞬でも母を忘れてしまった。ただその一瞬の出来事にとてつもない罪を感じる。

「あーうん、じゃ」

「お前堂々と』

『いいだろ、センコー来ねぇし』

『そういう問題じゃない』

途端に2人の声が遠くなる。


うつむき手が止まる季子に誓悟が気づいた。

「季子ちゃん?」

彼女は答えない。

「・・・・・・」

スケット部部長は何か思うことがあるのか、眉をひそめる。そして彼女の前の鶴を全て袋に入れた。同様に誓悟と自分の分もしまう。

「深谷、そろそろ時間じゃないか?」

「・・・?」

「見舞いに、行くだろう」

「・・・あ」

季子は時計を見た。時刻は5時半の少し前。電車の時刻を考えたときに、そろそろ学校を出なければならない。

「すみません、今日は」

「気にするな」

「これがこいつの仕事だから」

誓悟は本当に一言多い。


 季子が机の紙束を取ろうとすると、

「残りはやっておく」

「え、」

「一人でやるのは大変だろうし、早く作って渡したいだろう?」

「でも、」

「いいっていいって、俺もやりたいし」

「そういうことだ。明日取りに来てくれ」

「・・・じゃあ、お願いします」

2人の言葉に甘え、季子は折り紙を渡す。そして時計を気にしながらリュックを背負い、正鞄と紙袋を手に取った。

「ありがとうございました、よろしくお願いします!」

部室を出、勢いよく頭を下げると走り出す。


 今日は不思議な体験をした。怖いような嬉しいような。

しかし彼らとい出会ったことで、してはいけないことをしたような。

「・・・・・・」

心に沁みついた罪悪感と言う名のシミは、すぐに取り払えるものではない。

季子はそう思いながら足を動かしていた。


 「あれが例の子か」

誓悟は何が面白いのか、笑い交じりに言った。

「思いつめるタイプだなー」

「・・・」

「まずここに来る時点で相当キてんだろうけど」

「・・・何がそんな面白いんですか」

部長は急にバスに近い声がテノールになる。そして敬語を話してきた。

「俺、笑顔がデフォだから」

「そういうことじゃないんですよ」

「・・・理解できねぇだけだよ、ああいうの」

何の感情も沸いていない声で言葉を返す。

「俺に人らしい一面を期待するなよ」

「はい」

「・・・頷かれるとそれはそれでムカつくな」

また、誓悟は笑う。

スケット部部長の少年は、ただ彼の横顔を見ていた。






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